母、戦中を思うとき
2004年7月19日実家での日々も、結局「暑い」印象ばかり。
今からこんなんでどうすんねん。
そう思いつつ、これまた暑い大阪に戻ってきた。
帰途、ヒロタの豆乳シューアイスを買う。
★☆★☆★
百貨店に行くという母と実家を一緒に出て、途中
とある展示を見つけて見に入る。
広島で被爆した峠三吉さんという詩人と、被爆の展示だった。
戦前生まれで、子どもの頃に戦争を経験している母は、
この時期こんな展示をすすんでよく見に行く。
特に活動をしているわけでもないし、むしろ私なんかは
辛い記憶を消したいと思うのではないかと考えるのだが、
そうではないらしい。記憶をとどめておきたいのだそうだ。
昨年の夏、思い立って青春18切符で宮島へ行き、その帰り
時間が余ったので広島原爆資料館に足を運んだことを思い出す。
確かどの展示を見てもショックを受けていた。
とりわけ県知事が原水爆実験を行う国宛に送っっている
実験中止を請う電報? には涙が止まらなかった。
一度両親を広島へ連れて行こう。何も海外でなくてもよい。
そう思った暑い暑い京都だった。
来年は戦後60年になる。
今からこんなんでどうすんねん。
そう思いつつ、これまた暑い大阪に戻ってきた。
帰途、ヒロタの豆乳シューアイスを買う。
★☆★☆★
百貨店に行くという母と実家を一緒に出て、途中
とある展示を見つけて見に入る。
広島で被爆した峠三吉さんという詩人と、被爆の展示だった。
戦前生まれで、子どもの頃に戦争を経験している母は、
この時期こんな展示をすすんでよく見に行く。
特に活動をしているわけでもないし、むしろ私なんかは
辛い記憶を消したいと思うのではないかと考えるのだが、
そうではないらしい。記憶をとどめておきたいのだそうだ。
昨年の夏、思い立って青春18切符で宮島へ行き、その帰り
時間が余ったので広島原爆資料館に足を運んだことを思い出す。
確かどの展示を見てもショックを受けていた。
とりわけ県知事が原水爆実験を行う国宛に送っっている
実験中止を請う電報? には涙が止まらなかった。
一度両親を広島へ連れて行こう。何も海外でなくてもよい。
そう思った暑い暑い京都だった。
来年は戦後60年になる。
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